事件名
コソボ紛争・NATO空爆

国 名

コソボ自治州
年月日 1999年3月〜6月
詳 細

コソボ空爆でNATO軍は劣化ウラン弾を使用した。


自治拡大や独立を求めるコソボ自治州のアルバニア系住民と、それを阻止するユーゴスラビア連邦軍の武力衝突が激化、99年2月には米英独仏露が代表して仲介グループを構成、政治的解決を目指し調停を行ったが、ミロシェビッチ・ユーゴ大統領は調停グループによる和平案の受諾を拒否した為、1999年3月24日、NATO軍はユーゴスラビア連邦に対し空爆を開始。空爆後、ユーゴ連邦軍はコソボ自治州からアルバニア系住民を追い出す「民族浄化」を進め、アルバニア系住民約90万人が難民となった。また、NATO軍による空爆では民間人を誤爆する事件が相次ぎ、国際世論の非難が高まった。6月3日、ミロシェビッチ大統領はG8の和平案に基づいた案を受諾、NATOは78日間にわたって続けた空爆を停止した。