事件名 |
人権弾圧 |
国 名 |
チリ |
年月日 | 1973年9月〜1990年3月 |
詳 細 | |
チリの9・11。 軍部のクーデターを後押ししたのはCIA。チリ空軍のホーカーハンター戦闘機が自国の大統領官邸を爆撃、アジェンデ大統領は戦死した。 1973年9月11日、軍のクーデターでサルバドル・アジェンデ・ゴセンス政権が崩壊した。翌12日に、議会を解散し、ピノチェト政権が確立した。同政権は、政党活動を禁止し、人民連合政党を非合法化して左翼政党の掃討を進め、チリ共産党員6000人を逮捕し、ソ連と断行した。米国は新政権を承認したが、米上院はチリ国内での人権尊重が確保されるまで援助を凍結し、国際的反響を呼び起こした。この弾圧で、1974年9月にアムネスティは、死者3000〜3万人、拘禁者6000〜1万人、亡命者7000〜8000人と勧告した。チリ政府の公式発表では、1975年までに54万1359人が逮捕され、うち9167人が国外追放となった。 (浦野起央編著『20世紀世界紛争事典』三省堂(2000年)より抜粋) |
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